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名古屋地方裁判所 昭和53年(ワ)2697号 判決

原告

水野智恵

右法定代理人親権者父

水野賢次

同母

水野幸子

右訴訟代理人

増田庄一郎

被告

加藤幹雄

右訴訟代理人

中野弘文

主文

一  被告は原告に対し六〇八、三一〇円及びその内五二八、三一〇円に対する昭和五三年六月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の主文第一項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

第一〈証拠〉を綜合すれば、クロは昭和五〇年被告の妻が他から生後一か月の仔犬のときに貰い受けた柴犬の雄であり、被告の二男太郎(当時小学校五年生)の愛玩用として、同人が食事の世話をするということで貰つてきたものであること、犬小屋は名古屋市中区栄五丁目四番一五号の当時の被告の自宅の玄関脇に作つたが、被告において材料を釘を打てばよいように切断して太郎に与え、同人において組立てたものであること、被告は本件事故の当日とその前に一・二回クロを連れて歩いたことがあつたこと、被告はクロを一家の飼犬として飼育していたとの認識を抱いていたこと、被告は昭和八年二月二六日生で、その収入によつて一家の生計をまかなつていたものであり、クロの餌代、登録費用、狂犬病予防注射の費用等は被告が出捐していたものと推認される。これらの事実からすれば、被告はクロを事実上支配していた者ということができるから、民法七一八条の動物の占有者にあたるというべきである。

第二クロが昭和五三年六月一日午後七時頃名古屋市中区栄五丁目二〇番地先道路において、原告の左下腿のふくらはぎ部分を咬んだことは当事者間に争いがない。〈証拠〉を綜合すれば、被告は前同日午後六時五〇分頃三男文範に書物を買与えるため、同人を伴い、あわせてクロを散歩させるため自己の自転車のハンドルに鎖を結んで出かけたこと、自宅から南進し、東陽町通りへ出て西へ曲り、幅約1.8メートルの歩道上を西進したところ、曲り角から西へ三軒目の喫茶店ノアールの移動看板が歩道の約半分まではみだしており、その左側(南側)の歩道を通過しようとしたこと、クロは自転車と看板との間にはさまれるような状態となつたのでいやがつたこと、被告がクロを引張つたところクロは腰をおとして抵抗したが、被告はなおも引張つたこと、クロははじめは首を立てていたが、そのうち首を下げたこと、すると首輪が一瞬のうちに首から抜けたこと、そこでクロは北側のノアールの鉢植えの木のところへ行きにおいをかいだこと、被告はクロをとらえようとし、自転車を立て、鎖を外して持ちクロのそばへ行きとらえようとしたこと、その時原告は通学の帰途歩道上を西から東に歩行してきたこと、原告は手前六ないし八メートルのところで被告とクロに気付いたこと、歩道上を一、二メートル歩き被告の自転車とクロとを避けるため車道に出て犬に気づかれないようそつと歩いたこと、ところがクロは直線的に原告に向つて走つてきて原告のうしろ側から回り込み左下腿のふくらはぎ部分を咬んだことが認められ、〈る。〉〈証拠〉を綜合すれば、原告はクロに咬まれたことにより左下腿咬創を受けたこと、傷口は不整形で、縦の方が横に比して長い類楕円形であり、牙で傷口があいている部分と咬みとられた部分とがあつたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

第三〈証拠〉によるも、被告が動物の種類及び性質に従い相当の注意をもつてその保管をしていたと認めるに足りない。却つて、〈証拠〉によれば、クロは稲垣三代子が通勤時に前記被告方前の道路を通るとよく咬えかかり、飛びかかるような気配を示し、恐ろしい感じのする犬であつたこと、被告本人尋問の結果によれば、クロは人が被告方の前の道路を通るとよく吠えたこと、昭和五一年五月頃太郎がクロを狂犬病の予防注射に連れて行つた帰途、太郎の友人がクロを掴んだところ、その友人の足を咬んだことがあつたこと、被告はそれでも吠える犬は人を咬まないと考えていたこと、本件事故当時クロに装着していた首輪は新らしく買求めたものであり、被告がクロを引張つた際たやすく首から抜けたこと、したがつて新らしい首輪は適切な装着がされておらずゆるい状態であつたものと推認され、他に右認定に反する証拠はない。また、前認定のように、被告はクロの鎖を手で持つことなく、自転車のハンドルに結んでいたため、首輪が抜けた後、鎖を自転車から外すために余分な時間を要し、クロをとらえに行く時間が遅れたものと考えられる。そうだとすれば、被告はクロの保管につき相当の注意を欠いていたものであり、免責事由は認められないというべきである。

第四してみれば、被告は民法七一八条の規定により、原告が蒙つた後記損害を賠償すべき義務がある(もつとも、原告は明示の主張としては民法七〇九条の規定により損害賠償を求めているけれども、これは法律上の陳述であつて裁判所を拘束するものではない。原告は民法七一八条の要件事実の主張に欠けるところはなく、民法七一八条を適用しても原告の意思に反しないと解されるし、被告においても免責事由の主張はしているとみられるから、民法七一八条の規定による責任を肯定しても防禦の機会を奪われたことにはならない。)〈以下、省略〉

(松原直幹)

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